[おはようございます、アリス]


掃除機をかける私に、太陽のような笑顔を差し向ける少女。
アリスが産まれ落ちてから12年が過ぎていた。

体もだいぶ大きくなり、マスターの面影も見えてきている。
特に笑った時の顔は識別に時間がかかることもあるくらいだ。

マスターは相変わらず仕事の虫であり
中々自分の研究室から出ようとしない。
自ずと私がアリスの保護役を買って出ることになっている。


[アリス、今日の稽古は15時からです。お忘れなく]

「わかってるよエル!最近上手になってきたのよ!すごいでしょ!」


オルガンという鍵盤楽器の稽古を始めている彼女。
その表現力は素晴らしいものがあると私は思う。
作曲者の思念を楽器を通して表現する力が彼女にはある。
そうマスターに話すと


「なんでアナタが親バカみたいなことを言うのよ。」


とケラケラと笑われてしまった。
そうだった、親バカという単語について調べねばなるまい。






と、そんなことは別にいいのだ。
今日はアリスの13年目の誕生日である。
この世界には誕生日というイベントがあり
産まれ落ちた日を皆で祝福する。とても良い風習だ。

本人も気づいているとは思うが
私としては毎年驚かせたいと思っている。
プレゼントを渡す役は毎年マスターがやるのだが
今年は私がその任を任された。
大きな熊の人形、喜んでくれるといいが

ともかく責任重大である。
時刻は19時予定。
それまでは隠し通さねば。




17時を過ぎ、オルガンの稽古を終えたアリスが帰ってくる。


「ただいま~!おなか空いたよエル!」

[夕食まであと少しです、耐えて下さい]

「もう!ケチね~。」


ぶーぶーとほっぺたを膨らませながら文句を言う。
キッチンの棚にはオヤツがあるのだが
特別な夕食を美味しく食べてもらいたいのでココは我慢だ。



「晩ごはん作るの手伝うよ!」

[いえいえ、もう終わりますので部屋でお休みしててください]
[…あぁ、そうだ。マスターにお茶を持って行ってもらえますか?]



そう言ってお盆にお茶を置きアリスに手渡した。
わかった!と元気よく受け取り
アリスはマスターの部屋へと消えていった。















その時だった。






[[[ビーーーーッ!!!ビーーーーッ!!!]]]
[緊急警報発令!アークスシップに多数のダーカー反応が接近中!]
[市民の方は大至急シェルターへ避難してください!]
[繰り返します、緊急警報…]




住居の外や、屋内のありとあらゆる端末から音声が流れだした。
それは私のマイクをつんざくほどの音量だった。

なんだこれは?緊急警報?ダーカー?
そう思った刹那私の中で、とあるプログラムが起動した。


[緊急避難プログラムを起動します]


膨大な量のデータが私の中に入ってくる。
と同時に、この状況を即座に理解できた。





この世界には“ダーカー”と呼ばれる敵性存在がいる。
世界の全てを侵食しようとする宇宙の敵。
絶対悪の存在。

一番の脅威は“侵食”
ひとたび触れれば耐性のない者は意思を失う。
簡単にいえば手下のようなものになってしまう。

アークスシップに住む我々一般市民では
どうあがこうと対抗することの出来ない存在。
対抗出来ない我々は逃げることしか出来ないのだ。

ハウスロボットである一般キャストの業務では全く必要のない知識であるためか
ロールアウト時にはこの情報は入っていない。
だがこうして緊急事態の時には、自動でプログラムが起動するようになっているようだ。





警報の音を聞いて、アリスとマスターが慌てて2階から降りてきた。
マスターのほうはしっかりとしているようだが
アリスのほうは状況が理解できておらず、不安で潰されそうなのが分かる。


「エル、プログラムは起動しているわね?」
「避難経路を表示、安全確保をお願い。」

[かしこまりました、マスター]


私はシェルターまでの道のりを計算する。
目の前の空間にモニターを投影、そこに地図を出した。
そして経路を説明し始めようとした時だった。

[ここから112ストリートに出て、113前にシェルt




[[[ドォォォン!!!!!]]]




爆発音が聞こえ、地面が揺れる。
この揺れ方から察するにシップ外壁が崩れたのだろう。
となると状況は最悪だ。
…ダーカーの侵入を許してしまったか。
一刻を争う。

[2人とも急いでここから離れましょう]

[さ、アリス。手を取って]


アリスの手を取り、家の外へと走りだす。
怯えて動けそうになかったので、少々乱暴に抱きかかえながら。
だが、飛び出した先に見えた景色は
普段視ているものとは違っていた。

今まさに崩れようとしているビル郡。
火災が発生し、黒煙があがる。
逃げ惑う市民達。悲鳴や怒号が聞こえる。

数分前まではあんなに平和だった世界が
どうしてこんなにも変わってしまうのか。



「…エル、広域探査[ワイドスキャン]開始。」

[了解。………南西より高速で接近する生体反応多数]

[速度からして“ダガン”と思われます]

「わかったわ、走りましょう…!」





…だが、私は走らなかった。
隣で震えているアリスを一瞥した瞬間に
ある計算結果がはじき出されたからだ。

私は、震えて固まったアリスの手を離し
そのままマスターに握らせた。そしてこう告げる。



[経路は把握していますね?]



なにを…?と言い出しそうな顔をしたがすぐに気づいたようだ。
唇を噛みしめて目を伏せる彼女。



「エル……パスコード認証“********”」



マスターには全てが伝わったようだ。さすがだ。
私の最重要セキュリティが外されていく。
封印されていたフォトンリアクターが温まっていくのがわかる。
低い唸りと甲高いモーターのような音が駆け巡った。




この世界の空気中に存在する“フォトン”。
このフォトンを取り込むことで、ダーカーからの侵食を防ぐことができる。
人為的にフォトンを取り込むよう生体改造を施したヒト
アークスと呼ばれる者たちにのみ、ダーカーと戦うことが出来るのだ。
だが我々キャストには緊急事態に備え
少量ではあるがフォトンを取り込む機能が備わっている。




…武器はない。
だがリアクターのおかげでダーカーからの侵食は防げる。
殲滅は不可能だが、足止めはくらいは出来るだろう。



「必ず…必ず助けに来るから」



マスターはアリスの手を強く握り走り始める。
そう、それでいい。
私はモノだ。アナタ達を逃がす時間稼ぎが出来ればいい。
アリスも、これからどうなるのか理解したのだろう。
身動きが取れないながらも泣き叫んだ。



「やだ!!なんで!!?? エル!!エルは!?!?」

「エル!!!やだよ!!!一緒に!!エルぅ!!!!」

「エルーーーーーー!!!!」



遠ざかっていくアリスの声が
私のジェネレーター駆動音によって掻き消される。
すでに臨界まで出力はあがった。
フル稼働しているフォトンリアクターによって、私の装甲板は熱を帯びている。

ダーカーの集団が目視で確認できた。
私は電柱を引き抜き、横に構えた。










…ふとアリスの泣き顔がよぎる。
泣かせてしまったな。

また会えるだろうか。


もし帰れたら

ちゃんと誕生日を祝ってあげたい



だから

こう言っておこう





[いってらっしゃい、アリス]

少女とキャスト3