[おはようございます、アリス]




いつもの挨拶。
幾度となくしてきた挨拶。

途中空白の時間はあったものの
今こうして挨拶出来ることに感謝しよう。






ダーカー襲撃事件
こういった名称がついていたことも後々知ったのだが
私はあれから10年間あの場所にいたらしい。

新たなマスターとなったアリスの手によって私の中枢を復活
そして新たな体を手に入れる事ができた。
当時のモデルそのままに、中身は随分と進化した。
記憶領域など50倍だ。技術の進歩とは恐ろしい。
余計な知識までインストールされそうで怖い気もする。

だがそれまでにはちょっとした空白期間もあった。
ハウスロボットタイプのキャストに備わっているフォトンリアクターを
実際に使用した記録保持機として長いこと検査にあっていたのだ。
記録映像の解析や、ダーカー接触による影響の調査などなど。
まるで牢獄に入れられた罪人のような気分だった。

ともあれ、またこうしてアリスと出会えたのは彼女の努力の賜物だろう。




ただ嬉しいことばかりではない。

前マスターであるサリィは他界したと聞いた。
避難時にダーカーの侵食にあい、5年も闘病生活を送っていたという。
しかし彼女であっても病魔には勝てなかったのだ。
49歳という若さでこの世を去ってしまった。


その話を娘であるアリス本人から聞かされた。酷な事をさせてしまったと思う。
人とはなんと脆いものなのか。何を恨めば良いのだろう。
アリスにかける言葉もなく、ただ無言でいた私に彼女はこう告げた。



「私が今生きているのは、お母さんとエルのおかげよ。」

「辛いこともたくさんあったけど、またエルと会えたことが幸せなの。」

「…だって唯一の家族だもの。」



私が知る少女は、泣き虫で打たれ弱かったあの少女は
こんなにも強く成長していた。
彼女が歩んできたこの10年という月日は
私には到底考えつかない過酷な道だったのだろう。
10年間何もしてやれなかった私を、それでも家族と言ってくれるのだ。


[(キミに直してもらったこの身体、キミのために全てを尽くそう)]


主人と従者、そんなものは関係なく
プログラム上の感情でもなく

私自身が決めた、そう心に誓ったのだ。








さて
私達が再会してからその後の話だが。

以前と同じようにハウスロボットとして私は過ごしている。

遺伝なのだろうか、アリスは母と同じように研究職についた。
そして亡きサリィの引き継ぎをするように惑星ナベリウスの自然調査員として活躍している。

着眼点や発想力に優れ評価も高い。
母顔負けの才能である。

むしろマスター以上だと思う。

もしかしたらこれも「親ばか」というものなのかもしれないが。



余計な話は置いておいて。
私に関して言えば、やっていることは以前となんら変わりないということだ。
家事全般、資料の整理、お茶くみ、肩もみ、音楽やテレヴィジョンの再生。
彼女の全体的なサポートが仕事だった。

そんなある日。元に戻って1年が経過したある日のことだ。
数ヶ月に一回行う実地調査の日だった。
我々は惑星ナベリウスに降り立ち、あの大きな木の下で調査をしていた。


アリスは熱心に持ち込んだデバイスとにらめっこしている。
地質や生態系の変化などは特に見られず、所謂「正常」の状態だ。


[アリス、お茶を入れましょう]
「ありがとう、もうすぐ終わるわ。」


お湯を沸かし、マグカップを用意する私。
その横には手のひらに乗るサイズの箱がある。
調査とは関係ないその箱は、丁寧にラッピングされていた。


「ふぅ、これで終了っと。エルー、終わったわ。」
[お疲れさまです。…どうぞ]


ありがとう、とマグカップを受け取った彼女は小首を傾げる。

「…何?」

私の手に乗っているラッピングされた箱をいぶかしげに見つめた。



[11年という月日が経ってしまいましたが]
[お誕生日、おめでとうございます。アリス]



そう、今日の日付はアリスの誕生日なのだ。
本当ならば自宅でパーティといきたい所だったが
この実地調査を終えて帰宅するころには夜もふけてしまう。
とはいえこの場所は思い出の場所でもある。…少なくとも私にとっては。


アリスは静かにマグカップを置き、箱を受け取る。

「開けても?」

当然だ。私はうなずく。
アリスはラッピングを丁寧に解き、箱を開けた。
中には手のひらサイズの小さな熊の人形が入っていた。


[あの日。11年前のあの日に渡す予定だったものです]
[あいにく同じものは用意できず、サイズも小さくなってしまいましたが]

「…嬉しいわ、とても。うん…すごく、嬉しい…」


言葉を搾り出すように呟くアリス。
その目には涙が見える。


「ありがとう。ううん、このプレゼントのことだけじゃなくて」
「またこうして一緒にいてくれて、ありがとう。」


[私は。まだアナタが小さかったころに誓いを立てました]
[11年前にも同じ誓いを立てました]
[そして1年前にも、もう一度誓いを立てました]
[ただのハウスロボットではありますが]
[この身が動き続ける限り、アナタを守り続ける]
[私はアナタ、アリスのものだ]




誓いを、初めて言葉にした。
キャスト故に嘘という概念がないのは当然の話なのだが
心からの言葉を彼女にぶつけた。


お互い言葉は交わさないが
この日は確かに
堅い絆が結ばれた日になったと思う。







私と彼女の物語は、再び回り出す。
この先何年も、何十年も。

だが
此処から先は私達だけの思い出にしておこう。


私は、少女に出逢った。

… 



少女とキャスト5

「少女とキャスト」~fin~