[おはようございます、アリス]



太陽のような眩しい笑顔を見せつけ、私に挨拶をする少女。
彼女が産まれ落ちてから早5年が過ぎた。

ヒトの成長とは凄いもので、ありとあらゆるものを自主的にインストールしていける。
インストールと言っても即時にその項目を習得できるわけではないらしいが。
不便と思うことは多々あったが、アリスが初めて言語を扱った時は私も熱いものを感じた。

会話ができるようになるまではそう時間はかからなかった。
一人で立つのもあっという間だった。
自身の力で考え、話し、行動し、自分の世界を構築していく。
全く、ヒトにはいつも驚かされるものだ。 
いつしか私がアリスのおもちゃのような存在になってしまった。


「える!える!かたにのせて!!」


小さな体が私の足元でぴょんぴょんと跳ねる。
まだ掃除の途中なのだが、やいのやいのと五月蝿いので肩に乗せる。
キャッキャとはしゃぐアリスの声は、私のマイクでは少々ハウリングするのだ。
支障はないが、何かと不愉快ではある。


…あとアンテナを引っ張るのはやめなさい。




「あら、おはようエル。今日も大変ね。」

[おはようございます、マスター]


ボサボサの髪を掻きながらマスターが2階から降りてくる。
寝起きというわけではなさそうだが、ずいぶんと眠そうだ。


「アリス、今掃除中だからあとにしなさいね。」

「はぁい!える!おろして!おろして!」


そう言いながらアリスは私の頭部をバシバシ叩く。
鋼鉄製なのだが…手は痛くないのだろうか。
肩から降ろすと自分のテリトリー…つまり、おもちゃ箱がある所へ走って行った。
正直ホッとした。

そんな、文字通り肩の荷が降りて安堵の顔を見せている私を
笑いながらマスターは続ける。


「あぁそうエル、来週なんだけど。実地調査が入ってるわ。」

[次は…ナベリウスでしたか]

「えぇいつもの場所よ、準備頼んでいいかしら?」



自然調査の仕事をしている彼女はこうして実地調査もする。
研究サンプルの採取や、保護地域の観察など研究員自ら訪れることもあるのだ。
荷物なんかも多い上に、区域によっては敵性動物も存在する。
危険が伴う仕事故に私のようなキャストが同伴することがほとんだ。



「おかあさん、しゃしんのところにいくのー?」

三角形の木材を握りながらアリスが尋ねる。
ナベリウスは気候も良く、一部では森林浴のスポットとして有名な場所だ。
数多の動物や植物に恵まれていて、アリスが言う写真もサンプルのつもりで撮ったのだが…
うむ、我ながら上手く撮れているな。



「そうよ、アリスも一度行ってみる?綺麗な所よ。」

そう言って手招きする彼女。
アリスも私も、狐につままれたような顔になっていた。
…私に関しては表情はないのだが、そういうことにしておこう。



「いいの!?いく!いきたい!!」[マスター危険すぎます、認められない]

「あそこは別に危なくないでしょう?いいのよ、たまには。」
「アリスにも私がやっていることを知ってもらわないとね。」


彼女はその場にしゃがみ、アリスを抱き寄せる。
お出かけができると知ったアリスはいつも以上に笑顔だった。

まぁこれも社会勉強の一つか、と無理矢理に自分を納得させたが…
しかしアリスはまだ5歳だ。
道のりも長いし、悪路もある、敵性動物は出てこないとはいえさすがに…
いやいや…もしものことがあったら…うむむ。


「何を思っているのかまるで分かるわよ、エル。」
「アナタも守るの。これからずっと。そのスタートよ。」



…簡単に言ってくれる。
だが私にはこう言うしか術はなかった。


[かしこまりました、マスター]









“ナベリウス”というのは惑星の名称である。
私達が住居としている恒星間移民船「アークスシップ」から
小型の個人シャトルを飛ばし、亜空間航行を行うこと1時間弱で到着する。
距離に換算すると途方も無い距離なのだが。
いやはや、技術とは素晴らしいものだ。


惑星ナベリウスでも開拓の進んだ地域が私達の調査区域となっている。
少し開けた場所にシャトルを降ろし、ベースキャンプを組む。

見渡す限り緑。草木や苔、土、砂…。
視界のほとんどが緑に覆われ、様々な生物の鳴き声がする。

自宅の風景しか知らないアリス。
目の入るもの全てが始めてで、視界から全てを吸収しようとしているのがわかる。
口が開きっぱなしだ、はしたない。

マスターがアリスの手を取り歩き始める。
私は専用のバックパックを装備し、調査用の道具をセットした。
少し遅れて進み始めたが、前方では2人の歌が聞こえてきた。



歩き始めて1時間ほど。
開けた場所にある大きな木の前にやってきた。
ここに来るのが、実地調査の目的でもある。

…あるのだが、マスターはアリスと遊んでおり
私だけが機材を使って調査をしている有様だ。
研究員とはこれでいいのだろうか。

とはいえあの笑顔を見せられたら、しょうがないかという気分にもなる。
ふむ、この辺りで作業待ち時間としよう。


[二人共、飲み物をお作りします]

「あら気が利くじゃない。珈琲?紅茶?」

「わたしは!わたしは!じゅーすがいいの!」



大木によりかかり珈琲を啜るマスター。
小さなマグカップを両手で支えオレンジジュースを飲むアリス。
冷たくて硬いであろう私の膝に腰掛けながら。
穏やかな気候と心地良い風が気持ちを落ち着かせてくれる。

しばらくこうしていると、膝下から寝息が聞こえてくる。
調査中の機材から作業終了のアラームも聞こえたが…
仕方がない、しばらくはこうしていよう。


「ふふ、疲れたのね。」
「ここを頼むわ、エル。あとは私がやっておくから。」


アリスの温もりが、私の装甲板を温める。
すやすやと寝息をたてて眠る小さな体。
寝返りをうつように私の体をぎゅっと抱きしめた。




いつまでこうしていられるのだろう、ふと、そう考える。
私は機械。
彼女はヒト。
あっという間に成長していく彼女を
私はいつまで支えていけるのだろうか。

そんな不安を抱えながら
ちょっとだけ
今この瞬間を

大切に記憶しておこうと思う。

少女とキャスト2