少女とキャストタイトル


 これはファンタシースターオンライン2の世界とは関係のない、
とある少女と、キャストと呼ばれる機械生命体のお話。





「おはよう、エル。」
[おはようございます、マスター]

煎れたてのコーヒーの香りと、煙草の煙。朝日に照らされた女性の姿がそこにはある。
それが…情報整理のためスリープモードから覚めた私が見た光景。
まだ目覚めて間もなく、各部のモーターが固まっている。
動作確認・・・良し。異常は無い。


...

私は“ヒト”ではない。
この世界では“キャスト”という、全身が機械で構成された機械生命体である。
大元は軍事関係からなのだが、今では大半がハウスロボットとして生活している。
その数は、一家族に一台といってもいいほどだ。 
キャストと一言で言っても姿形は千差万別で、私のようにヒト型キャストはまだ珍しいようだ。 

型番は“SJC-002-2 LI-X”、SJCシリーズ第二世代機の二番機、LI-X(ライクス)。
白を基調とした、シリーズ中でも大型に入る部類のキャストだ。
次世代AIを搭載した学習型の最新鋭キャスト。一般使用され始めたばかりだ。 
ちなみにマスターは頭文字からとって“エル”と言う。

“生命体”ではあるが人権はない。
そう。・・・ただのモノなのだ。
モノであるが故に、所有者登録が必要だ。それが“マスター”。
マスターの命令は絶対。背いてはならない絶対権。
昔の文献では「機械三原則」というものがあるが、それがベースとなっているのだろう。 
ともかく、そうプログラムされているのだ。

...


そして目の前にいる女性が私のマスター、名をSallie Tusker(サリィ・タスカー)と言う。
登録情報上は32歳だが、見た目は20代前半のように若く美しい。
彼女は軍事関係の調査員出身で、現在は自然保護の研究をしている。
結婚経験があるが、今はわけあって独身だそうだ。その辺の詳しい事情は入力されていない。 
まぁ、白衣とコーヒー、それに煙草が似合ういかにもな研究員・・・

…煙草?


[マスター、煙草を吸われてますがよろしいのですか?]

「あぁ、ダメね…。つい癖で火をつけてしまうわ。」


そう言って彼女は、恐らく火を付けて間もない煙草を苦笑いをしながら灰皿に押し付けた。
消化を確認して、その吸い殻で一杯になっている灰皿をダストボックスへ移した。
またこの人は夜遅くまで仕事をしていたのだろう。



「だいぶ大きくなってきたわね、色々と気をつけなくちゃ。」


彼女は“妊娠”という状態らしい。
ヒトは体内に別の生命体を製造、増殖する生き物だ。
完成までに体内で約10ヶ月、体外にて10数年と非常に時間のかかるシステムだと私は思う。
我々は、早くて1週間で完成するのだから。

だが、だからこそ、高度で、複雑で、創造的で、不安定で、完全な種であると。
脆く儚い存在であるから、美しいのだと。

無論、機械の私に“美”など感じれる機能はないのだが。




[現在は5ヶ月、とドクターが。あと5ヶ月で射出なのでしょうか]

「射出、というのは間違ってるわエル。出産っていうのよ。」
「これからは私も動きづらくなるから、色々と頼むわね。」

[ご命令とあらば]


少し困ったような気はしたが、彼女は優しく微笑んだ。
どのような状態であれ、私がやることに変わりはないのだから。







そして日々大きくなる彼女の腹部を横目に、私はいつもの生活を送った。
家事全般、資料の整理、お茶くみ、肩もみ、音楽やテレヴィジョンの再生。
マスターの全体的なサポートが私の仕事だった。
幸い彼女はデスクワークが殆どで、体内の生命体“赤ちゃん”とやらにも特に支障はないらしい。
時折、「動いたわ」と報告にきてくれる。
机にお腹が当たって仕事にならなくなるまで、彼女は仕事を続けていた。



夏が終わり、秋の香りがして来始めたある日だった。

一日の全仕事が終わり、私がスリープモードに入ろうかという時間。
マスターのバイタルに異常が見られた。
急ぎ彼女の部屋へ赴き、ノックと声をかける。


[マスター、動悸が早まっているようですが]

「・・・あぁ、エル。いつもの病院へ・・・連れてってもらえるかしら。」


汗の量が異常だった。
息が荒い彼女を抱きかかえ、ここ数ヶ月通っている病院へ私たちは急いだ。

とても苦しんでいる、急げ・・・急げ・・・
出産に関わる項目をインストールしておくべきだった、なんたる失念だ。
・・・いや、マスターがさせなかったのか。

キャストという利点を活かし、振動の少ないホバーモードで病院へ急ぐ。
到着したのは深夜の1時を過ぎたあたりだったか。
彼女は病院に着くなり、すぐさま”分娩室”という部屋へ入った。

ハウスロボットである私には、所有者登録をしてあるマスターのバイタルが常時わかるようになっている。
それは・・・今までになく激しいものだった。





どれくらい経っただろうか。
それは突然のことだった。




「・・・ゃぁっ!・・・・おぎゃぁっ!」



聞いたことのない音声が部屋から聞こえた。
そしてバイタルに表示される彼女の体内にあった生体反応が、彼女の外に出ていた。
そうか…これが出産というものか。
無事に成功したのだろう。
ホッと肩を撫で下ろす。



それから1時間ほどして、分娩室のドアが開いた。
そこにいたのは疲弊してはいるが幸せそうな顔をしたマスターと…



ーーー小さな、とても小さなヒトがいたーーー



小さなヒトに目を、いやフォーカスを惹きつけられていた。
そんな私にマスターは言う。


「…あぁ、エル。アナタも挨拶しなさい。」

「“アリス”よ。」



アリスと名付けられた小さなヒトを渡される。
微弱な生体反応だが、自身の存在を誇張するように泣き叫ぶヒトに
私はこう言った。




[おはようございます、アリス] 
少女とキャスト1